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「猫が好き」と口にするときの違和感について

2020年03月25日 00:53

猫の話をしようと思う

2020年の2月22日にうちに来た飼い猫のことが
可愛くて可愛くてならない。

昔飼っていた長毛の猫の親子は、
もう何をしても、目を少しすがめる様子だけで、
無条件に愛らしさで胸が潰れそうになるほど可愛かった。

2月の猫には、無条件にはキュンとはしない。
頭の中で一度「お前はかわいいなぁ」と言葉にして、
少しだけそれを自分に言い聞かせるようにして可愛がっている。

2月の猫は鳴きに鳴く猫で、鳴き声が耳について、
もはや自宅の外でも
鳴き声が幻聴で付き纏うくらいに煩いので、
一時は連れてくる猫を見誤ったと後悔したものの、
だんだん鬱陶しさと可愛さのバランスが釣り合ってきて、
折り合いをつけていく面倒さがかえって
長く暮らしていく覚悟が定まっていくようで、
それが日に日に、この猫を可愛い生き物であるように思わせていく。

猫らしい悪さは何一つしない。
どこにも爪とぎはしないし、
コードをかじりもしないし、 
カーテンをばりばり登るようなこともしないし、
マーキングや粗相もしない。

猫用、と書かれたおもちゃでだけよく遊んでいる。
フェルトのボールや、
フェイクファーの猫じゃらしを捕まえると、
器用に咥えて、飼い主の方にトットットッと持ってきて
膝の上に座り、獲物をあぐらの真ん中に落として、
前脚でちょいちょいとひとしきり遊んで、
満足すると、もう一度それを投げて欲しいとねだってくる。
飼い主が中腰になっているせいで、
獲物を持ち帰っても膝に座り込めない時は、
そっと膝蓋のあたりに前脚をかけて、座れと要求する。

人懐こい猫だ。
ただ、飼いやすい猫かと言われると微妙なところで、
この猫が、自宅にいるときは飼い主から片時も離れようとしない。
比喩でなく、物理的に体がぴったりと常にくっついている状態を求めるし、
大声で鳴いてひたすらつきまとう。
飼い主がトイレに立とうとしただけで
嬌声のような悲鳴をあげて嫌がる。
ちょっと部屋を移動する時も足元にまとわりつくので、
危うく何度か柔らかい腹を踏みつけそうになった。
夜は飼い主の喉元のあたりに必死でしがみつくようにして眠る。
頭のてっぺんと背中の上の方のあたり以外、
なるべく全身を飼い主にくっ付けていないと不安がる。
夜中に喉が乾いた飼い主が、寝床を出て水を取りに行こうとおきると、
2〜3歳の幼児が迷子になった時のように
怖がって必死にぎゅうぎゅうと腕を回して
のどの奥の方からか細い声を出してキュンキュン鳴く。

おとなしくはしていないくせに、
四六時中抱っこして欲しがる。
腕やら膝やらの中で、くるくるいごいごと
せわしなく体勢を変えて動きながら、
ヨダレを垂らして喉を鳴らして、
猫のくせにぢっ、と人の顔を見詰めて、やっとのことで安心を得ているようだ。

調べると、猫にも分離不安症の個体がいると聞いた。
かつては猫は、外に出て、あたりを縄張りとして守り、
子孫を残し育てるために自立していた。
声を出して鳴くと天敵に見つかるので、
鳴き声を上げないよう母猫にしつけられる生き物だった。
飼い猫とて、寝床と食事の心配はさして無いものの、
それ以外の本能で成熟し、自立して緊張感と
自分だけのパーソナルスペースを保って生きていた。

ところが、今は縄張り争いも衣食住の心配もしなくて良いので、
いつまでも自分が仔猫のままだと思って、
飼い主を母猫だと錯覚して、野生では取らないような、
子猫特有の行動が、室内飼いの猫には生涯残る。

特にうちのような一人暮らしの家庭に暮らす猫は、
飼い主と離れることを極度に不安がる。
人間の乳幼児や、犬にはよくしられた病気だが、
猫にも診断がつくようになったのは比較的最近のようだ。
行動療法が主ではあるが、犬猫用の精神安定剤や抗うつ薬も処方可能らしい。

20年ほど前に、
庭先で飼っていた長毛の親子は、
時折脱走して外に出ていることがあった。
(自分の縄張りではないので、ごく近所を十数分だけ散策したら帰ってきていたけれど)

完全に室内飼いでも外飼いでもなかったからというより、
元々持って生まれた気性もあっただろうが、
彼らは、人間に撫でられ、
それぞれに付けられた名前を呼ばれるのを嬉しがる猫たちだった。
ただし、ひとしきりなでると満足して、
悠々と自分の寝床に戻り、静かに目を閉じて昼寝をする、どちらも賢い飼いやすい猫たちだった。

2月の猫は、充足することがなく、
抱っこしている時以外は、
いつもぴゃあぴゃあと何が嫌なのか泣いている。
鳴くというより、本当に赤ん坊が泣いているようなイメージに近く、
うんざりしながらも、見ているこちらがかわいそうになる。

「保護」された猫なので、正確な誕生日が分からないのだが、
推定ではまだ生後半年程度の子どもではある。
一ヶ月半前に去勢手術を受けているので、
余計に繁殖のための本能から解放されている分、
仔猫のようにべたべたに甘えたがる性分なのだろう。

首にしがみついてぴったりとくっついて
脱力しきって全体重を預けてくる猫の、
目ヤニを取ってやり、お尻を手のひらで支えてやり、
こっちをずっと見つめてくる生き物の頬を掻いてやっていると、
これほど可愛らしい生き物がいようかと本当に思う。

向こうの寂しさや、構われたいがための過剰鳴きとの駆け引きに、
さすがにたまに疲れることもある。
ふつう猫は、人間を含め、他の猫と目を合わせるのを避けたがる。
敵対心の表れとされている。
また、これまで接してきた猫は、
頬や顎や頭を撫で掻いてやると、
目を細めて落ち着いた表情になるものだったが、
2月の猫は、小一時間、人間の顔をじっと訴える顔で見て目をそらそうとしない。

今日日の猫の飼い方は、
「室内から絶対に一歩も出すな」
「避妊去勢が当然の義務」が基本で、
もしそれに反した飼育方法をとればら
猫を飼う愛好家からは轟々と非難を浴びる。
(少なくとも都市部ではそうだ。)

もちろん、
交通事故や感染症、虐待被害リスク、
コントロールできないほどの繁殖を経ての、
多頭飼育崩壊や殺処分を考えれば、
そういった状況を憂いて、
新しいルールを整えて地道に説いて少しずつ
良好な方に導こうとして然るべきだとは思う。

また、それを実際に行動としていく努力も、
並大抵ではないと思う。
2月に来た子も、そういう猫だ。
生まれてすぐに兄弟猫とショッピングモールの入り口に捨てられていたところ、
保護団体が保護して、病院に連れて行き、
ワクチンを射ち、栄養状態を良くして、
人に慣れるように時間を掛けてしつけて、
保護猫カフェに引き取られて、その後うちにきた。
野良猫とは一度も呼ばれなかった「保護猫」だ。

ただ、そういったことをしてくれた人々に
敬意を払わないわけではないのだが、
視点を引いてみた時に、
猫という種を、まるきり別の動物に、
短いサイクルで作り替えているように感じる時がある。

避妊去勢して、頭数をコントロールしているのだ。
その生き物の生息する環境を大きく強制的に
そして急激に変えているのだ。


7年前、若くして急逝した友人が飼っていた、
純血種の猫2匹を、喪が開けるまで、
数ヶ月間預かっていたことがある。
自立心をほどよく持ちながら、
人と暮らすことにも慣れている猫だった。
図鑑に書いてある、「純血種特有の性格」を
見事にそれぞれ受け継いだ猫たちだった。

最も人間にコントロールされているように思える「純血種」の方が、
かえって、「猫らしさ」を保存しようという
ブリーダーの気概を反映して、
多少の気ままさ・気楽さ・自立心・縄張り意識を残していた気がする。

昔から猫がとても好きだった。
けれど、いまうちにいる猫と、
数十年前に惹かれ愛着を感じた猫は、
同じ生き物とは思えない。

いま腕の中にいる猫を見ながら、
この生き物は一体「何」なのだろうと、
時折、少しだけゾッとしている。
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すまん

2020年01月02日 02:06

いろいろ、ごちゃごちゃ言った。
ごめんごめん。

2020年01月01日 13:32

ずっと風邪気味で治んない。
寒いとこは寒いか。どうだ。元気ならいいんだ。



「もう諦める」って出来てなかったんだな。
諦めてたのはほんとだけど、
簡単に行ったり戻ったりしちゃうな。

「しばらく」が
明日なのか1年後なのか、
もしくはもう事実上ずっと連絡するのは難しいのか、
自分を、
それを待ってるだけの人間にしてしまう。
そればっかり考えてるよ。

あなたと言葉を取り交わしたいとか声が聞きたいとか、
それが適わないことだけでなくて、
そう思うことそのものが、
ただそのことだけを考える生活が、
しんどくて情けなくて、ちょっと疲れた。

ありがとう

2019年12月31日 20:29

これが依存なのか

2019年12月30日 23:43

連絡してくれる日を待ってる。

ずっとそれを待ってしまっている。